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鉄腕バーディー DECODE:02 [アニメ]

二期を観終わってみると一期は二期のための露払いだったのだろうかと考えてしまったのだが、それくらい一期と二期では作風がかなり変わっている。恐らく二期の方が「鉄腕バーディー」として本来やりたかった事なのだろう。

一期では「バーディーと主人公との出会い」「キャラ説明」「世界観の説明」「地球での捜査活動」「事件の解決」といった様々な要素をたったの12話で行わなければならなかったため、作品全体の一貫した流れ、12話の中で一番演出すべきモノがハッキリせず、「鉄腕バーディー」という作品を通じて一体何を言いたかったのか、「鉄腕バーディー」であることによる必要性は何なのかが全くと言っていい位不明瞭であった。そのため、確かに作画は凄いがそれ以外での「続きを観たくなる」という動機があまり起こらず、私の場合は結果的に惰性で最終話まで観る事になってしまった。

しかし、二期では一期によって予め全ての説明は成されていたため演出が最初から一期を観ている事を前提に作られており、物語を早く動かす事が出来ていた。また、一期では上記の要素と「リュンカ」というマクガフィンを上手く使えていなかったため全体的に緊張感が無く「リュンカ」自体が不明瞭な存在であったため物語の方向性も不明瞭なモノとなってしまっていたが、二期では「追うべき対象」と「それを邪魔をする存在」という二つの要素に絞られたため物語の方向性がハッキリさせることが出来ていた。

そして何よりも特筆すべき点は方向性の転換による「ハードな演出」だろう。一期では基本的に「リュンカの行方を追う正義の味方」という割とお気楽なストーリーだったが、二期では過去に起こったテロ活動を主軸に各キャラクターの過去が描かれ、バーディーの捜査対象が次々と惨殺されるという状況、一期での「事件」による難民問題など、全体的に暗い雰囲気が漂っている。そして、「惨殺される」という言葉が示す通り一期では考えられなかった演出がなされ、血はドバドア出る、首はポンポン飛ぶ、手は千切れる、足は潰される、目は抉られるわでスプラッター描写の大バーゲンとなっている。中でも終盤に「ある人物」が殺害される場面では「まさかそこまではやらないだろう」と思うような事をこれでもかという位ハッキリとやってしまっていたので流石にそこでは寒気を覚えてしまった。

まあ、こういう演出は適度に行えば作品全体に緩急が付き言い意味で毒のある、エッジの効いたモノとなるので結果としてはかなり良かったのではないかと思う。一期と二期のどちらが「鉄腕バーディー」の本来のテイストなのかは原作を読んだ事はないので分からないが、演出、脚本、作画といった作品全体のクオリティをみれば明らかに二期の方が良いモノに仕上がっていたとは言えるだろう。

一つ難癖を付けるならば、バーディーとつとむのそれぞれの人格に対しての問題提起が24話を通じて全く成されていないため二人とも人間的な成長を殆どしないという点はやはり問題だろう。基本的に「非日常」が介入する話というのは、主人公がそういった状況に放り込まれる事で危機的状況に陥り、否応なく決断を迫られる事によって人間的に成長し自ら問題に立ち向かう事で物語に動機とカタルシスが生まれるモノである。

しかし、本作での主人公のつとむが物語に介入する理由は「バーディーと身体を共有しているから」という状況だけであり、利害関係は殆ど無いのに常に強制的に物語に参加させられ、おまけにバーディーが作品内では最強なので戦う必要も無い(実際24話を通じてバーディーは傷一つ負っていない)。そのためつとむは自分で決断する必要が全くないので何かに迫られて葛藤する事もなく24話を通じて人間的に何一つ変わっていない(一期最終話のアレはただの本能に基づく行動に過ぎない)。また、価値観や立場の違う者同士が互いに行動するという場合、そこには衝突や対立、そして何よりそれらによる成長、補完が必要なのだがそれも無い。

と、書いていたら何だか結構深刻な感じがしてきたのだが、実はこれは「鉄腕バーディー」という物語の構造的な欠陥なのではないかと思えてきた(汗)。本作は「攻殻機動隊」や「ゴルゴ13」のような「プロフェッショナル 仕事の流儀」の話ではないようだし、かといって「ガンダム」や「マクロス」のような「大局的変動を通じて人間的成長を迎える」話でもない、非常に宙ぶらりんな感じの作品である。と、書いていてまた分かったが、多分この「宙ぶらりん」な感じが私が鉄腕バーディーに対して抱いていた違和感だったのだろう。

別にこういった作品を否定するワケではないが、やはり捕らえ所のない、掴み所のない物語というのは観ていて不安になってしまうモノである。まあ、良い作品であった事には変わりはないのだが。


以下ネタバレ



ナタルのジャンプ能力発動の演出でアニメを観ていて久しぶりに衝撃を受けた(観ている本数自体が少ないのでアレだが)。普段作画が凄い場面とかで興奮したりはするものの衝撃を受けるまでの事はあまりないが、鉄腕バーディーという世界観も含めていきなりあの演出をされたのでかなり驚いてしまった。この演出だけでも二期の存在価値はあると言っても過言ではないだろう。久しぶりに良いモノを観た。ありがたや。

振り返ってみると「鉄腕バーディー」では殆どの人物が何かを失っていたような気がする。多分何かを得て得したような者はいなかった筈である。身体を失い、恋人を失い、幼なじみを失い、街を失う。特に二期では死屍累々という言葉がよく似合う程その結末は悲惨である。まあ、嫌いではないからいいのだけれど。あと、できれば作品全体の締めとしてつとむの「日常への回帰」をプロローグに挟んで欲しかったが、どうやらOVA的な感じでもう一本あるそうなので多分そこでなされるのだろう(か?)。

っていうか、二期最終話の作画すげぇ。
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안전놀이터

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by 안전놀이터 (2023-09-15 17:39) 

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