UHD BDにおけるマスターの解像度に一体何の意味があるのか。 [BDアレコレ]
以下の文章はUHD環境の無い人間によるものなので、既にUHD環境を持っている人には全く参考にならない事を予め御留意頂きたい。
2016年に販売が開始された映像物理メディアの次世代規格「Ultra HD Blu-ray」。従来のブルーレイディスクの映像規格である2K-通称フルHDと呼ばれていた1920×1080の解像度の2倍、面積に換算すると丁度4枚分となる3840×2160という所謂4Kという解像度による映像物理メディア。HDR(ハイ・ダイナミックレンジ)による高コントラストの実現と従来のブルーレイに採用されていた色域規格BT.709から自然界の色を99.9%表現可能なBT.2020の採用。ビット深度は8bitから10bitへ拡張、転送レートはブルーレイの40Mbpsから100Mbpsへと上がりメディアの容量は2層で66GB、3層で100GB。またUHD BDに採用されるHDR10の輝度表現を越えるドルビーのHDR規格ドルビービジョンにも対応する事が決定している。
さて、映像メディアのスペックとしてみればUHDBDは従来のブルーレイから大きく進歩している。再生される環境如何では下手な映画館よりも高精細な映像を見る事も可能である。4Kテレビが持て囃された時代はとうに過ぎ去り、4Kの環境が標準となり始めている今では8K相当の映像にアップコンバートするテレビまで登場している。4Kテレビが10万円台で購入可能になっている今、最早液晶テレビ=4Kと言っても過言ではないだろう。
そんなUHDBDの登場と4Kテレビの普及による4K時代の真っ只中、とある問題が持ち上がった。そしてそれは4Kの普及に伴う不可避とも言えるものだった。
マスターフォーマット。
映像制作の過程における最終工程。フィルム時代におけるオリジナルネガ。デジタル時代におけるDCP。これまで映画は様々な方法で撮影、制作されてきた。8mm、16mm、35mm、70mm、SD、HD、2K、4K。デジタル撮影の普及に比例してかつて当たり前とされてきたフィルムでの撮影は現在では希少なものとなってしまい、フィルムの上映も同じく、今ではDCPによるデジタルでの映写が当たり前となっている。デジタルシネマカメラの技術の進歩は目覚しいもので2Kから4Kへ、4Kから5K/6Kへ、そして今では8Kもの解像度での撮影が可能となっている。だが、そうして撮影された映像の解像度が上がっていく中で、実際に映画の制作過程を経て最終的に映画館で上映される映像の解像度は2Kである事が多い、いや寧ろ殆どと言って良い。
何故か。
それは予算と時間の二つに尽きる。
フィルムによる撮影が今なお続いているとはいえデジタル制作が当たり前となっている現在の映画制作においてCGが使われない作品はほぼ無い。フィクションを描く手段としてのCGは勿論の事、現実を補完する手段としてのCGも今では当たり前の様に活用されている。有機物、無機物、環境、風景、自然現象、そして演じる人間そのもの。映像化不可能という文言が従来の「技術的困難」では無く「予算や現実への落とし込みに伴う困難」へと変化した今の時代、CGによって映像表現の幅は大きく拡張された。しかしその一方で表現の幅が広がってしまった事により映画におけるCGの比率はこの20年で途方も無く大きくなってしまった。そしてそのCG制作による物量の肥大化によって、撮影解像度が大きくなりながらも実際の制作解像度はその大半が2Kに留まってしまった。
ディズニーピクサー作品に代表される『トイ・ストーリー』等のフルCGアニメーションでは4K制作は無理だと言われている。1920×1080から3840×2160(DCI基準では1998x1080から4096×2160)へとなった場合、単純にその作業量は4倍になる。カメラを回せば映像が制作出来てしまう実写と違いCG、特にフルCGアニメでは基本的に人力でゼロから描いているので4Kで制作するとなると制作環境そのものを大きく変えなければならない。おそらくディズニーピクサーやドリームワークス等の体力のあるスタジオなら不可能では無いだろう。制作ペースは確実に落ちるだろうが。
それに対してあくまで撮影した実写素材を補完する手段として用いられるCG、最近ではVFXという呼称も大分定着しているが、実写の場合はCG制作における負担は当然ながら大きく軽減される。所謂ハリウッド大作となると一つの作品に複数のVFX会社が参加するのは当たり前となっており、CGが使用されるカットは数百にも及んでいる。とは言ってもカットによってCGの割合は1から100%まで大きく変動するのと、PCの性能は日進月歩なので当然制作フロー自体に年々効率が図られてはいる。そのためここ数年では実写においてCG制作が4Kで行なわれる事も珍しくなくなってきている。
CG制作が4Kの作品が増えてきたという事は当然最終的な映像の完パケであるDCP(デジタルシネマパッケージ)が4Kの作品も増えてきているという事であり、実際ここ数年で新作でも4Kでの上映が増えてきているのは確かである。ただし現状はまだ「増えてきている」状態であり、その総体は決して「多い」と言えるほどのものではない。特に制作費が100億にもなる作品では未だに2Kで制作されている作品が殆どである。
で、そういった2Kで制作されている作品が多い中2016年に投入された4KUHDBDだが当然それらのパッケージの中にも多くの2K制作作品が存在している。現在北米では100を超えるUHDBDのタイトルが存在しているが、その中で確認できる4K制作作品はおよそ20~30作品ほどである。およそ、と書いたのは現在も増え続けているのと「本当に4Kで制作されているのか不明な作品が存在する」からである。
IMDb というサイトがある。
Internet Movie Database(インターネット・ムービー・データベース)。文字通りの映像作品におけるデータベースとして運用されているサイトである。その中に作品の技術情報が記載されているTechnical Specificationsという項目がある。作品の上映時間や音声フォーマット、映像のアスペクト比等作品の技術的な部分の記録なのだが、ここのCinematographic Processという項目の中にDigital Intermediateという欄がある。これは映像の製作過程における編集の工程なのだが、ここにはmaster formatとして当該作品の制作解像度が掲載されている。デジタル上映が一般化した現在において上映に使用されるDCPの解像度は2Kと4Kの2種類が存在するため、このマスターフォーマットも2Kと4Kの2種類が存在する。つまり基本的にはマスターフォーマット=上映時の解像度となる。
そしてマスターフォーマットというのは当該作品の最終的な形態であるため、ここでの解像度がUHDBDにおける解像度となる。4K制作作品はそのまま4K作品としてUHD化の工程を経て、2K制作作品は4Kへとアップコンバート(またはリマスタリング)されUHD化の工程を経てUHDBDとして販売される。
前述したようにUHDBDタイトルの多くは2K制作作品なのでその意味では解像度を気にする必要は無い。問題は4K制作作品である。4Kのシネマカメラが一般的になっている今、作品の宣伝において特定のカメラが使用されている事を売りにしている作品も珍しくは無い。だが、制作や上映が4Kで行なわれる事を宣伝している作品はかなり少ない。まあ、制作解像度が高いから映画を観る様な人種はごく稀なので当たり前なのだが。
問題は4Kで制作されているかどうかの判断の指標の一つである先のIMDbのマスターフォーマットの記載に誤記が目立つという事である。基本的に作品の制作解像度の情報というのは作品の公開数日前にならないと一般的には告知されない。一方IMDbのマスターフォーマットの記載は当該作品の公開数ヶ月前から掲載される事が多い。そしてそれは関係者が編集しているのかそれとも他の一般会員が編集しているのかは不明である。
そのためこのマスターフォーマットの記載については作品公開後に変更される事がよくある。制作解像度以外の音声フォーマットやアスペクト比も同様である。そしてさらに問題なのが作品公開後に編集されたその情報が正確な情報かどうか、一次情報として信頼に足るかどうかが分からないという点である。2Kだった記載が4Kに、4Kだった記載が2Kになったとしてその情報元は何なのか、どこなのか、誰なのか。
4K上映として告知された作品については基本的に一次情報として信頼に値するものなのでUHD化された場合もネイティブの4KUHDBDであると言えるだろう。4K制作かどうかはIMDb以外にソース元が色々あるのでそういった所で確認できる作品についてはまだ良い。問題はIMDbのマスターフォーマットの記載が公開後に変更された上に作品の制作関係者の発言と実際のDCPの解像度が食い違っている作品である。
以前HiViというAV関係の雑誌にUHDBDのマスターフォーマットの一覧の記事が掲載された事があるのだが、UHD環境を持っているまたは興味がある人には当該雑誌を所有している人も多いと思う。例えばあの中で『デッドプール』のマスターフォーマットは4Kとなっていたがあの作品は4Kでの上映は行なわれていない。日本でも上映は2Kで行なわれていた。しかしIMDbを見るとマスターは4Kとの記載になっている。
Deadpool (2016) Technical Specifications
http://www.imdb.com/title/tt1431045/technical?ref_=tt_dt_spec
何故か。
これは製作者に対するQ&Aにおいて本作は4K制作だとの証言があったからである。しかし本編を観てみると分かるがVFXの部分はどう見ても2K制作である。本作はアメコミ原作映画の中でも低予算となる6000万ドルで制作されたものだが他のアメコミ原作映画の大半が2K制作でありながら、VFXが使用されたカットが少なくない低予算の本作が4K制作というのも中々おかしな話である。仮にCG部分は2K制作されてDCP自体は4Kとして制作されたとしてそれは一体どこで上映されたのか。あるいはUHDBD用に4Kのマスターが制作されたのか。信用に値する情報が少ないので実際の所は全く分からない。確実に言えるのは本作は4Kで上映されていないという事である。
これは『デッドプール』に限った事では無くこういった作品は他にも幾つかある。先のHiViの記事にしても実際は4K制作なのに2Kと記載されている作品も存在するので制作解像度の一次情報については本当に限られた所からでしか判断できない。
そしてさらに厄介な事に偏に「4K制作」と言っても、
・35mmフィルムで撮影した4K作品
・70mmフィルムで撮影した4K作品
・4K以上で撮影した4K作品
・4K以上で撮影したVFXが2K制作の4K作品
・4K以下で撮影したVFXが4K制作の4K作品
といったようにその形態は様々であり、それに加えて、
・SDRで制作された4K作品
・HDRを想定して制作された4K作品
・HDRを想定して制作されたドルビービジョン制作の4K作品
というようにさらに分化して存在しているのである。
そういった「4K制作作品」とその他2K制作作品がUHDBDという一つのカテゴリーに分類されて販売されているのが現在の4Kメディアの現状である。何を以って「4K制作」とするのか、何を以って「UltraHD Blu-ray」とするのか。そのマスターフォーマットを判断する情報の信憑性を鑑みると現状のUHDBDにおいて果たして制作解像度が2Kか4Kかという事がどれ程の意味を持つのかは私にはさっぱり分からない。現に2K制作のUHDBDタイトルであっても、HDRの環境で観れば従来のブルーレイとは次元が違うとの感想を各所で見ることが出来るからだ。
ネイティブ4K制作のUHDBD自体は確かに存在する。そしてそれは少ないながらも今後も増えていくだろう。だがマスターフォーマットの記載については今後も断片的な情報に頼らざるを得ない状況が続くのは確実である。とはいえUHDBDが販売されてまだ一年も経過していない。4Kでレストアされた旧作のタイトルも定期的に登場しているので現状を嘆いたとしてもUHDBDの今後に悲観するのはまだ時期尚早と言えるのではないか。
まあ色々と書いてはみたがUHDBDに何を求めるのかは購入するその人次第とも言えるだろう。
2kフォーマットの2048×1152(HD)2048×858(シネスコ) が定番のDCI規格です。1998x1080というフォーマットは無いです。
by hiro (2017-01-23 23:09)
>>hiroさん
1.85:1のビスタサイズの2KDCI規格は通常2048x1080となっており上映に使用される2KDCPに格納されている映像は1998x1080となります。
by smith (2017-01-23 23:53)
IMDBは未だにスコープ2.35:1表記も多くあてになりませんね。
DIマスターとDCPの映像というか画像はまた別ですが、世間ではそこら辺混同されてる感じもありますね。
by お名前(必須) (2017-01-24 19:05)
>>お名前(必須)さん
ビスタやIMAXの1.90:1サイズは正確なのにスコープだけあの表記が続いているのは本当に謎ですね。
DIマスターとDCPについては私自身もついつい混同して言葉を使いがちなので気を付けたいです(汗)。DCPはあくまでパッケージの一つの形態であり、UHDBDについても結局どのマスターから制作されているのかはアナウンスされない限り中々判断しづらい所です。
by smith (2017-01-24 22:40)
国内で映画制作など関わっている者です。
UHDBDのマスターは多くがDCPにマスタリングする前のグレーディング段階まで戻り、撮影素材、VFXから上がってきた素材(RAW、DPX、EXRといったフォーマット素材)を基本的には予算にもよりますがHDRに対応させるためにもグレーディング作業からやり直す事になります。なので撮影が4kだったものがDCPとしては2kで仕上げたという場合でも、UHDBDではソース素材を活かした4kって言うこともまれにはあるかと思います。
もちろん古い作品でDCPやフィルムしか無いという場合はフローも異なりますが。。 なんにしても現存する1番素材状況の良いものをベースにすることに違いはありません。
UHDBDは解像度ばかりに目が行きがちですが、1番は色域が広いことで実際の劇場作品のDCIの色味=製作者の意図した色味を表現出来る点だと思います。
HDRに関しては現状出ているソフトはどれも採用していますがUHDBDの規格としてはHDR変換は必須ではないです。が、シネマカメラで撮影されている素材は元々HDRに対応できるだけのダイナミックレンジを持っているので(VFXに関しても)それを活かし切ると言う意味でHDRには意味があります。
解像度は規格上4kにしなければいけないため元が2kであろうが4k変換しているということになります。もちろん最新技術でのブローアップされた4kになるので作品によっては実際に4k撮影されたものと違いの無いレベルの解像感を出せてる物もあります。
まぁ4kとフルHDはちゃんと大きな画面で視聴しないとDVDとBDぐらいの劇的に違いは感じないと思います。
by トモヤ (2017-01-26 03:50)
>>トモヤさん
貴重な御意見ありがとうございます。
まさに仰る通りでこの記事を書く動機でもあったのですが、UHDBDにおいて解像度は特徴の一つに過ぎず本質は寧ろHDRと高色域による家庭環境での映写レベルの向上にあると考えていました。勿論マスターを4Kと2Kで比較すれば解像感は圧倒的に違うのでしょうが、UHDBDによってマスターに対する圧縮率が下がり容量に余裕が出来た事で同じ2Kマスターの作品でもDIマスターへの再現度はBDから圧倒的に上がっている筈なんです。だからUHDBDにおいて解像度ばかりに拘る事はあまり意味の無い事だと。特に近年の6Kや8Kで撮影されたような作品ならばマスターが2Kでも非常に高精細な映像に仕上がる事は実際に2K上映で観ても分かる程です。
しかしながらUHDBDの制作においてグレーディングからやり直すとなると当然コストがかかりますので、そこまで手間がかけられる作品となると中々限られてくるように感じます。それとグレーディングをするという事は当然撮影素材などを保存しておかなければならないので、どの作品の素材をいつまで保存するのか、という管理費用の問題も出て来るのでしょうね。そう考えるとDCPしか残っていない時代の作品よりもネガフィルムのある作品の方がUHD化の恩恵は大きいのかもしれません。
そういえば2015年から劇場用のドルビービジョン対応作品が登場していますが、これらの作品はHDR化の素材が既に存在しているという事なのでその場合UHD化には大きく期待できそうですね。
by smith (2017-01-27 22:55)